the century of New balance and Red wing

何度かニューバランスのスニーカーについて書いたくせに、
そのニューバランスが今年、設立100周年であることは
不覚にも最近まで全然、知らなかった。

c0077105_013853.gif


「New Balance History Book」
今なら、ニューバランスを取り扱っているショップに行くと
こんな小冊子を無料で配っている。

各界のニューバランス愛好家が
お気に入りの一足を紹介したり、
現ニューバランス会長、ジム・デービス氏へのインタビューや
米国・マサチューセッツ州にあるニューバランスの工場の取材などもあり
かなり興味深い内容。

改めて、ニューバランスの100年に敬意を表したい。

そういえば、100周年といえば、
「アイリッシュ・セッター」でおなじみの
アメリカのアウトドアブーツメーカー「レッドウイング」も
昨年(2005年)、設立100周年を迎えた。

それを記念して、いくつかの100周年モデルもリリースされたが、
どのモデルも2005年にちなんで2005足限定だったらしい。
洒落が利いてますね。

c0077105_03812.gif


その100周年限定モデルの中の一足。
ブーツなのにレザーソール、というのがお洒落。
僕が持っている唯一のレッドウイングで、
その重厚感が、たまりません(重いけど・・・)。
一生履きたい、そんな一足。

さて、アメリカの多くのシューズメーカーが、
安い人件費を求めてその生産地をアジアや中南米諸国に移す中で、
ニューバランスとレッドウイングは
今でもアメリカでの生産にこだわり続けている。
だからこそ日本でも多くのファンに愛され続けているのだろうし、
100周年の意義は、とても大きいと思う。

100年間に渡って、決して足元を見失うことなく
その理念を貫き続けた両社に、改めて敬意を表したい。
[PR]
# by boppuccino | 2006-08-07 23:59 | products

school of reggae music

今でこそ、ジャズピアニストを気取っている私ですが、
大学生の時は、なぜかレゲエバンドばかりやっていた。

大学に入ったばかりの頃、
僕は60年代ジャマイカのオリジナル・スカがとにかく好きで、
そういう音楽を好みそうな人が
集まるであろう音楽サークルを探し、
「中南米研究会」というところに入った。

が、実際そこには僕が期待したような、
シブい帽子を被って開襟シャツを着ているような
お洒落ピープルはいなくて、
ボブ・マーリィ好きなレゲエ・ピープルが
数人いただけの集団だった。

そんなわけで学生時代、最初の頃はボブ・マーリィの
カヴァーバンドばかりやっていた。

しばらく後、サークルの先輩のギタリストが、
凄いレゲエバンドに入った、という話を聞いて、見に行った。

そのバンドは、
かつての伝説のパンク・バンド「ガスタンク」の
メンバーがやっているレゲエ・バンドで、
ヴォーカルは黒人だった。
(といってもジャマイカ人ではなく、ガーナ人だったが・・。)

そんなバンドでギターを弾いている先輩を見て、
おお、すごいなぁ、とただその時は感心した。

しばらく経ってその先輩に
「キーボードがいないから、やらない?」と言われた。

二つ返事で「やります。もちろん。」と答えた。
とにかくその時の僕にとっては、ビッグチャンス到来だった。

そのバンドではとにかくいろんな場所でライブをやった。
六本木あたりが多かったが、
千葉、水戸、調布・・・といろんな場所へ行った。

ちなみに六本木など都心のお店は
お客さんの全然いない店が多く、
地方のお店に行くと、
だいたい超満員、大盛況だったのが、印象深かった。

当時の僕はライブ経験も浅かったし、
今思うとなかなか貴重な経験をさせてもらったと思う。

ところで僕以外のメンバーは
ライブの時はだいたい赤・黄・緑の
ラスタカラーの服や帽子を着用していたのに、
僕はといえば・・・・
アメリカの大学のロゴがプリントされたTシャツに
チノパン、足元はニューバランスというような
相変わらずのアメカジスタイルだった。

今思うと、浮いてたな、と思う。
もう少し気を利かせた服装を
しておけば良かったのに・・・・。
[PR]
# by boppuccino | 2006-08-06 01:01 | sounds

age of Converse <2>

「違いがわかる男」とは・・・・?

数年前に、コンバースのスニーカーは
アメリカ国内での生産を中止してしまい、
その生産はインドネシアや中国などに移った。

ではかつてのUSAモデルと現行モデルでは何が違うのか?

答え:何も違わない。

そう、一見何も違わない。
が、しかし・・・・・、
違いがわかる男が見ると、何かが違う。

現行モデルは何となく「つるつる」なイメージで、
かつてのUSAモデルはもっと「ごわごわ」というか、
「ざらっと」していた。
何と言うか、「重厚感」があり、
独特の「風合い」に満ちていた。

おそらく、アメリカでは熟練の職人にしか
出来なかったような、いくつかの工程を、
インドネシアや中国製のそれでは
省略してしまっているのではないか、と思う。
明らかに作りが簡略化されているように見えてならない。

さて・・・・・・・
先日、友人の女性(松たか子似)に会った。
すると彼女は新品のスニーカーを履いていた。
それはコンバース・ジャックパーセルのレザータイプ。

<おっ、ジャックパーセルのレザー。
いい趣味してるね。
新品だし、ま、現行モデルだとは思うが・・・。>

そう思いつつ、彼女の足元を眺める。が、
それにしては、妙にクラシカルな重厚感が出ていて、
オーラのようなものが、そこから漂っている。

<いい味出してるな・・・。
 まさか? USAモデル?
  デッドストックで買ったのか?
 プレミア付きで?
 だとしたら、ブログに載せないと・・・>

僕はもう冷静ではいられなくなり、彼女に言った。

「ちょっと脱いでみて。写真撮らせて。」

すると彼女は驚いた顔で言った。

「は?
 脱いで写真?
 私が?
 ちょっと何言ってんの?
 変態っ!」

ちがうってば松たか子!
オレが撮りたいのは
松たか子限界ショットじゃなくて
そのスニーカーの写真だってば・・・・。

c0077105_0191721.gif

コンバース・ジャックパーセル・レザー。
made in U.S.Aモデル

松たか子は何と、
とある商店街の靴屋の
「閉店売り尽くしセール」にて、
7割引近い価格で購入したという。
プレミアどころか激安大特価。

そしてUSAモデルであることについては
「特に興味なし」とのこと・・・。

もちろん僕もその靴屋を速攻でチェックしたが、
わずかに置いてあったUSAコンバースは
レディースサイズのみだった。

女に生まれていればなぁ・・・・。
[PR]
# by boppuccino | 2006-08-04 23:59 | products

age of Converse <1>

「よく見ると 何かが違う コンバース」

古い句に確かこんな句があったと思うが、
誰が詠んだのかは覚えていない。

さて、数年前から、
古着屋を中心に、不思議な現象が起こっている・・・。

どこにでもあるコンバースの
キャンバススニーカー「オールスター」に
何故か1万円前後の値段が付けられている。

コンバース・オールスターと言えば
どこの靴屋でもだいたい店頭に積んであり
3000円ぐらいで売っている、
あのおなじみのバッシュである。

それが古着屋に行くと何故1万円?

かつてコンバースの「オールスター」や
「ジャックパーセル」といえば
あたりまえのように「made in U.S.A」であった。
アメカジショップでも、商店街の靴屋でも。

それが5年ぐらい前から、
コストの安いインドネシアや中国での
生産に切り替わってしまった。
そして「made in U.S.A」の文字は消えた・・・。

もし、
阪神タイガースの名称が「阪急タイガース」になったら
いくら同じチームでも、ファンには耐えられないであろう。

それと同じようなもので、
コンバースのオールスターだけは、
「made in U.S.A」であり続けて欲しかった・・・。

「ついにコンバースまで・・・」と悲しくなった。

そんなアメカジファンの悲痛な叫びが
結果的には古着屋における
デッドストックUSAコンバースの価格上昇に繋がってしまった。
何とも皮肉な結果だ。

しかし、かつては商店街の靴屋で
3000円で買えたオールスターを
わざわざ1万円出して買うっていうのは
かなり抵抗があり、手が出ない。

が、いずれにせよ、
USAコンバースは、未来のヴィンテージ行き、間違いなしである。

c0077105_04302.gif


僕が所有するUSAコンバース・オールスターは2足のみ。
もっと買っておけばよかった・・・・。
[PR]
# by boppuccino | 2006-08-03 23:59 | products

the decade of Starbucks

スターバックスが日本に上陸して10年になるという。

もう10年、まだ10年。
どちらも当てはまる気がするが、
10年という歳月が流れれば、
「スタバグッズ」にもそれなりの風格というか、
「ヴィンテージ感」というものが漂い始めている。

c0077105_14564558.gif


日本上陸当初のスタバグッズは
すべてアメリカ直輸入、Made in U.S.Aだった。
最近のスタバグッズがダメだとは言わないが・・・、
心惹かれるものは少なくなってしまった。

今思えば、古いスタバグッズ、
もっと買っておけばよかった・・・。

ところで世の中には、
人生を棒に振ってまでして
「スタバグッズ」を買い集めているマニアが
多数存在するという。

そういう方々に敬意は表したいが、
お友達になりたいかというと、それは・・・・・・。

余談だが
スターバックスの前身といわれる
「ピーツコーヒー(Peet's Coffee & Tea)」が
2002年に日本上陸した。
青山にその1号店があり、一度だけ行ったことがあるのだが、
そういえば、いつの間にかなくなってしまった。

今では「ピーツコーヒー」の名前自体、聞かなくなってしまった。
おそらく早々と日本から撤退したのだろう。

c0077105_14581229.gif


幻のピーツコーヒーグッズ、もっと買っておくべきだった・・・。
[PR]
# by boppuccino | 2006-08-01 12:34 | products

age of new balance <2>

足元を見ればその人がわかる、という。

割と最近知り合ったMr.KY氏。
いつも古着っぽいTシャツを着ているので
「アメカジ好きなんですか?」と聞いてみたが、
答えは

「え、いや、別に・・。古着は安いから買ってるだけ。」


つれない答え・・・・。

が、しかし、それにしては
その「クタリ具合」といい、
リーバイス501との相性といい、
妙にツボを押さてるな・・・、と思っていたら
ある日、彼の足元にはこんなスニーカーが・・・。

c0077105_2356681.gif


ニューバランスの最高傑作と言われている、
「1300」の復刻モデル。
Made in U.S.A
オッシュマンズで売っているが、普通の靴屋では売ってない。
よっぽどのアメカジ好きじゃなきゃ、
絶対履かない、そんな一足。

「やっぱアメカジ好きなんでしょ?」
と再度問いただすと、
かなりの古着フリークであることが判明。

やっぱり。

古着屋もかなり見て回ってるらしく、
話しているうちに、
「こだわりの感じられない古着屋では
買う気がしないよね〜」などの発言も・・・。

なんだ、最初からそう言ってくれればいいのに・・。

能ある鷹は爪を隠す、と言うが・・・・、
足元までは隠せない?
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-31 23:23 | products

Cool wise men

クールワイズメン(Cool wise men)のライブを
初めて観て来た。

クールワイズメンはオーセンティック・スカを演奏する
7人編成の日本人バンド。
その活動歴はもう10年以上になるという。

実はクールワイズメンのトランペット担当であり
フロントマン的存在である「ミツカゼ」こと
浜田光風は、僕の中学時代の同級生だ。

c0077105_1141479.gif


僕は中学生の頃はサッカーをやっていて、
楽器に触れるようになるのはもっと後のことだが、
光風氏は中学時代からすでにいろんな楽器を演奏していて、
将来はミュージシャンになるだろうと
誰もが思っていた。

僕は彼が楽器を演奏するのを見て
いつもうらやましく思っていたが、
その時は自分もやってみようとは、何故か思わなかった。

それから数年経ち、
僕も楽器を演奏するようになりしばらく経ったころ、
光風氏とどこかで再会して、
何度か一緒にバンドをやったりセッションしたりした。
どれもそんなに長くは続かなかったけど、
僕としてはとても嬉しい経験であった。

その後また随分と会っていなくて、
今日はたぶん10年ぶりぐらいの再会だった。

そして初めて観たクールワイズメンのライブ、
素晴らしかったです。

スカからレゲエ、そしてカリプソまで幅広く取り入れ
自分たちのスタイルを作り上げていた。
まさにヴィンテージ・エイジ・ミュージック・・・・
いや、そんな理屈抜きで、
久々に、時間の経つのを忘れるような楽しいライブだった。
そして久々に、踊っちゃいました・・・。

光風君とはまたいつの日か共演できたらな・・・と思う。

COOL WISE MEN WEB
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-30 23:23 | sounds

Forever Olive !

本日発売、雑誌「Free&Easy」9月号。
特集は「男の一生モノ」
相変わらず、アメカジマニアにはたまらない内容・・。

c0077105_0161843.gif


「Free&Easy」を読み始めたのは、
実は今年に入ってからなので、まだ読者歴は浅い。
が、今や完全にハマッてます。

ここ数年、ファッション雑誌をめくっても
アメカジの「ア」の字もない、
そんな状況だったため、
ファッション誌なんてもう
立ち読みすらしていなかったけど、
「Free&Easy」に出会って、僕は勇気づけられた。
「アメカジ好きな人って、まだまだ沢山いるんだな」と。

そんな「Free&Easy」の売り上げが、
今「右肩上がり」で伸びているらしい。
いよいよアメカジ完全復権か?

それにしても「Free&Easy」を見ていて思うのは
出てくるのが男ばっかり・・・。

むかしむかし、「渋カジ」なんて言葉があったころは、
アメカジ系ファッションの女性って
かなり沢山存在したように思う。
そしてみんなお洒落だった。
余計な装飾がなく、シンプルで趣味が良かった。

まだ雑誌「Olive」が存在した頃・・・。

c0077105_018199.gif


Olive少女、フォーエバー・・・
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-29 23:23 | books&magazines

Forget PPP!

時代は変わる。
人も、街も、雑誌も・・・・。
毎月のように、多くの雑誌が創刊される一方で
いつの間にか消えてゆく雑誌も数多い・・・。

1999年に創刊された雑誌
「@SHIBUYA PPP(アットシブヤピーピーピー)」

c0077105_046967.gif

この雑誌のことを覚えている人は、どれだけいるのだろう?

あえて「渋谷区内とその周辺」という狭い範囲に
フォーカスを合わせながら、
芸術、音楽、ファッション、映画、
建築、アニメ、お店・・・と、
あらゆるものを興味の対象として取り扱う、
興味深い雑誌であった。

その創刊号を読み「ピンと来るもの」を感じた僕は、
ちょうどその頃「完全自主製作」で作ったCD-Rのアルバムを、
「PPP」編集部に送ってみた。
「聴いて下さい!」という手紙を添えて。

すると数日後に連絡が来た。
「一度編集部に遊びに来ませんか?」

誘われるまま編集部に行き、編集長のYさんに会った。
40代ぐらいの、比較的地味な感じだが
頭の良さそうな、まあいかにも雑誌の編集者、
というような人だった。

そこで「CD面白いから次号で紹介するよ」と言われ、
さらに、「せっかくだから売りたいね・・・。
でもウチは出版社だからな・・・。
そうだ、雑誌と一緒にセット販売しない?」と言われた。

「え?雑誌と自分のCDをセット販売?
そんな事して、誰が買うんだろ?」

とは思ったが、Yさんはすっかりやる気だったので、
もちろん僕も、その案に乗った。

そして1ヶ月後、渋谷のタワーレコードの雑誌コーナーや
表参道にあるアート系のブックショップ「NADIFF」、
下北沢の「ヴィレッジ・ヴァンガード」など数店のみだったが、
雑誌とCDの「セット販売」が実現した。

ただ雑誌とCDを透明なビニール袋に入れただけ。
値段はたしか1600円ぐらいだったと思う。

最初は40枚ほど渡したのだが、
これが予想以上に売れたらしい。
「売れてるからもっと欲しい」と言われ、
最終的に120枚ぐらい渡したと思う。

そしてその後「PPP」主催のイベントにも出演させてもらった。
渋谷の、とあるホールスペースで行われたイベントには
何故か500人ぐらいの人が集まっていた。
そんなに大勢の人の前で演奏したのは初めてだった。

「PPP」の人に会うと、
いつも面白い企画、アイデアを話してくれて、
それはとても刺激的だった。

だが・・・・・・

「セット販売」の売上金、
一部につき何割かもらえる約束をしていた。
もちろん口約束だったが・・・。

だけどその企画がとっくに終了しても、
何部売れた、というような報告はなかった。

仕方なくこちらから催促すると、
ちょうど担当者が辞めてしまったので、
これから精算します、との答え。

そしてまたそれっきり連絡はない。

その間にも、
もちろん「PPP」は新しい号が出て、
そこでは次々と「面白そうな企画」が提案されていた。

その後また連絡してみたが、反応は
「これから精算します」だった・・・。

ダメだ、この人たち・・・。
決して悪い人じゃないんだけど・・・。

その後いつの間にか
「PPP」を本屋で見かけることはなくなった。

いつ廃刊になったのかも、僕は知らない。

そしてCDの売上金は、
1円ももらっていない。
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-29 01:23 | books&magazines

Shimokitazawa vintage

下北沢北口を出てすぐ右手にある
「昭和」の面影を残すアーケード街、
「下北沢駅前食品市場」。

昭和20年代から続く、「シモキタのアメ横」。
そのルーツは終戦直後の「闇市」だと言われている。
c0077105_0214982.gif

ドラマのセットではありませんよ。

そんな下北沢駅前食品市場の中に「アメリカ屋」はある。
創業は昭和26年らしい。

「アメリカ屋」というと、
全国にチェーン展開しているジーンズショップ「アメリカ屋」が
有名だが、それとは関係ない。

「アメリカ屋」っていうのはそもそもは固有名詞ではなくて、
終戦後間もない頃、
駐留アメリカ軍からの払い下げの衣類を売る店のことを
「アメリカ屋」と呼んだらしい。
つまりかつての「駄菓子屋」や「よろず屋」と同じように
「アメリカ屋」はいたるところに存在したらしい。

実は下北沢「アメリカ屋」で買い物をしたことはほとんどない。
それはお店のご主人が「昔気質」で、
愛想がなく、近づき難いから・・・・。
が、その歴史、品揃え、
そういったものには、やはり敬意を表したい・・・。

ところで、そのアメリカ屋のすぐ隣にもう一軒、
アメリカ屋の「分家」がある。
どういう経緯なのかはわからないけど・・。

で、フラッとのぞいてみると、これが凄かった・・・。

僕がアメカジに興味を持ち始めた頃には
当たり前のように存在したけど、
今ではもう手に入らなくなってしまった、
そんな古き良きアメリカ製の洋服が
何故かここのお店では、当たり前のように並んでいる。

へインズのパーカー、ビックマックのチノパン・・・・。

そして値段がまた、激安。
古着屋だったらプレミアを付けて売ってもいいような品なのに・・・。
c0077105_0225999.gif

先日購入した、ヘルスニット(Healthknit)社の
ヘンリーネックTシャツ。
Made in U.S.A。たぶん80年代の製品。
もう新品では手に入らないと思っていたのに・・・。
価格はたったの1050円。

もったいなくて、まだ一度も着ていない・・・。
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-28 23:59 | place

Dep is dead ?

かつて、当たり前のように手に入ると思っていたモノが、
いつの間にか消えている。
そして多くの人は、
それが消えてしまったことにすら気付かない・・・。

僕が十代の頃、最も「イカす」整髪料といえば「Dep」だった。
アメリカ製のカラフルなジェルに、多くのガキが憧れた。
ちなみにDep、
「デップ」と読む人と「ディップ」と読む人がいるが、
僕はずっと「デップ」と読んできたので、
ここでは「デップ」で通します。

当時は男子の髪形は今より全体的に短かった気がする。
ゆえに「デップでツンツン」がステイタスであった。

が、時代の流れとともに
いつの間にかデップのような「ジェル」は
整髪料の中でも少数派になり、
「マット」な仕上がりが
時代の「気分」になっていた。
かくいう私も「ワックス派」になりかけていた・・・。

が、ワックスって
髪洗ってもごわごわしていて、
落ちていない気がする。
デップの時はそんなこと一度もなかった。

やっぱデップだわ・・・・。

そう思って買いに出かけたが、
かつてはどこのドラッグストアでも
当たり前のように存在したデップが、
どこにも売ってない・・・。
もちろん他のメーカーのジェルはあるのだが・・・。

心の中のもやもやが消えない・・・・。

デップ探しの旅に出た。
デップを求めてどこまでも。

あった・・・。

ついに見つけたデップ。
それは意外にも、東急ハンズの美容用品フロアにあった。
c0077105_126299.gif

そしてそこには「現品限り」の文字が・・・。
もはやデッドストック・・・。
デップのデッド。デッドのデップ。

アメリカのデップ自体がもう生産されていないのか、
それとも日本で売れなくなったので
輸入を止めてしまったのか、どちらなのかはわからない。
たぶん後者だと思うけど、
もしご存知の方がいたら教えて下さい。

そんなわけで、東急ハンズで「大人買い」した
最後のデップを、
今は少しずつ、少しずつ、使っている次第・・・・。

デップ輸入再開求む。
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-27 01:01 | products

Big Ben

よく「人生を変えた一曲」というような記事を見かけるけど、
僕の場合、特にそういうものは存在しないように思う。

好きな曲、好きなアルバム、好きなミュージシャンは
たくさん存在するけど、多すぎて、
またジャンルもバラバラすぎて、
どれが一番、とは決められない。

以前に書いたスカタライツの音楽には
かなり影響を受けたけど、
今は実際にスカを演奏しているわけではないし・・。

そんな僕にも、
ここ数年で最も影響を受けたライブがある。
2002年の9月に横浜・「Motion Blue」で観た
ベン・シドラン(Ben Sidran)のソロライブ。

実はベン・シドランって
名前は何となく知っていたけれど、
「クレモンティーヌのプロデューサー」という肩書が
どうもひっかかって、ずっと「聴かず嫌い」のままでいた。

だが2001年頃から彼の旧作が
次々と再発されたのでようやく聴いてみた。

そして彼の1983年の作品「BOP CITY」を聴いて、
僕の中でベン・シドランが「特別な存在」になった。
本当に「BOP CITY」は繰り返し聴いた、大好きなアルバム。

そんな折にタイミング良く、彼が来日するという。
もちろん観に行った。

この時彼は、たしか名古屋と福岡のブルーノートに
自身のトリオで各一週間ずつ出演し、
その後、横浜のモーション・ブルー(ブルーノートの系列店)で
一日だけのソロライブを行った。

東京のブルーノートには出演せず、
横浜でのライブも一日だけ、それも一人での出演、というのは
どういうことかというと、
残念ながら彼にはブルーノート東京に
単独出演できるほどの知名度がない、
そして横浜でのライブがソロでの出演になったのは
ギャラ的な問題(1人分のギャラしか出なかった)
ということだと思う。

そんな事を考えると少し寂しい気もした。
開演前には、
せっかくなんだからアルバムで聴いたような、
バンドでのグルーヴィーな演奏が聴きたかったな・・・、
などと考えていた。

が、しかし、
ソロライブ、これが素晴らしかった・・・。

たった一人でステージに上がったベン、
軽く会釈をしてからピアノに座って弾いた曲は
「Over the rainbow」だった。

そこから先は、もう何曲演奏したのか覚えていない。
ブギウギ・ピアノだったり、ブルース・ピアノだったり、
ビバップだったり、弾き語りだったり、
とにかく次から次へと、あっという間に時間は過ぎた。

僕が驚いたのはそのピアノ・テクニックで、
具体的には左手のストライド奏法やベースラインが
とにかくパワフルで驚いた。

当時の僕はといえば、
まだ左手はコードを押さえるのが精いっぱいだったので、
これぐらいできないとダメなのか・・・と気が遠くなった。

そしてベン・シドランは白人なのだが、
白人の彼がブギウギやストライド、ブルースといった
黒人のルーツ音楽を完全に自分のものにしている、
という現実を目の当たりにして、
アメリカのミュージシャンの「懐の深さ」を感じた。

このライブ以降、
僕は「あの時のベン・シドランのようなプレイ」を
ずっと頭に描き続け、演奏した。
そしてライブではいつも「Over the rainbow」を
演奏するようになった。

3年後に出したファーストアルバム「ダウンビート」に
「Over the rainbow」が収録されているのには、
そんな理由がある。

そして幸運にもこのアルバムは
ベン・シドラン本人に聴いてもらうことが出来、
僕としても感慨深かった。

もちろん今でもまだまだ、
「あの時のベン・シドランのプレイ」を追いかけている。

Ben Sidran Web Site
[PR]
# by boppuccino | 2006-07-25 01:01 | sounds