カテゴリ:sounds( 571 )

the first of the million kisses

秋の夜長に、この一枚。

ここではフェアーグランド・アトラクション
(Fairground Attraction)の最初で最後のアルバム、
「The first of the million kisses」を挙げたい。
ちなみに邦題は「ファースト・キッス」

c0077105_1544991.gif

ある世代以上の人にとってはおなじみのアルバム。
だが、最近僕は、
フェアーグランド・アトラクションを知らない、
という人によく出会う。

でも、よく考えたら
このアルバムが発売されたのは1988年。
もう18年も前の作品だったのか・・・・。

1988年、エレクトリック・サウンド全盛の時代、
イギリスに突如現れた生楽器主体の4人組。
そしてシングル「パーフェクト」は
いきなり全英チャート第一位に・・・・。

僕がちょうど洋楽に興味を持ち始めたばかりの頃だった、
ということもあって、その登場は強く印象に残っている。

だが結局、たった1枚のアルバムを残して
フェアーグランド・アトラクションは解散してしまう。
(その後、ヴォーカルのエディ・リーダーはソロで活躍する)

その唯一のアルバム、
「The first of the million kisses」は14曲すべてがオリジナル。
ジャズっぽい雰囲気の曲もあるが決してジャズではなく、
カントリーっぽい曲もあるが、決して懐古的な素振りは見せない。

古くて新しい、そしていつまでも色褪せない、そんな音楽。
まさに「ヴィンテージ・エイジ」。

さて、あれから18年、
僕の音楽の聴き方も、いろんな意味で変わった。

今「The first of the・・・・・」を聴くと、
その音の良さ(録音状態の良さ)に驚く。

広がりのあるサウンドに自然な残響音。

スタジオの広さは?
天井の高さは?
マイクはどうやって立てたんだろう・・・?

そんなことばかりが気になってしまう今日この頃です・・・。
[PR]
by boppuccino | 2006-10-03 01:11 | sounds

the man who always said "Nanno kocchai"

先日のイベント「BOP CITY」に出演してくれた
「ミツムジカ」のドラム・宮田まこと氏は
元「kusu kusu(クスクス)」のドラマーだったという。

実は「BOP CITY」には一昨年,
kusu kusuのヴォーカリストだった川上二郎氏にも
出演してもらったことがある。
これも何かの縁なのか・・・

kusu kusuといえばもちろん,
「イカ天」出身の,あのkusu kusuだ。

・・・と言っても,U-25世代には「イカ天」すら
何のことかわからないかもしれない。
イカ天とはかつてTBSで放映された深夜番組
「イカすバンド天国」の略称で,
この番組のヒットと共に,
1990年前後には,空前の「バンド・ブーム」が起こり,
それは一つの社会現象にもなった。

だからkusu kusuと言えば当時は
テレビの「向こう側」に存在するバンドだった。
ちなみに当時彼らはまだ19歳ぐらいだったはず・・・。

さて,kusu kusuと言うと,
僕が思い出すのは,あるバンドの存在。
kusu kusuは,そのバンドの「弟分」的なバンドだと
言われていたから。

そのバンドとは・・・「じゃがたら」。

「じゃがたら」はホーン・セクションを含む11人編成で,
アフリカ音楽やファンクの影響を強く感じさせる,
強力なバンド。

ヴォーカルの江戸アケミ氏の歌には
いつも強力なメッセージが込められていて,
そのメッセージ性は,紛れもなくロックのそれであり,
当時10代だった僕は,そこに強く惹かれた。
(ちなみに「アケミ」と言っても男性です。)


c0077105_1382786.gif

実は僕がじゃがたらを知るきっかけになったのは,
1990年,江戸アケミ氏事故死の報道だった。

なので残念ながらじゃがたらの音楽を
リアルタイムで聴いていたわけではないし,
もちろんライブを観たこともない。
僕にとっては「伝説」の存在だ。

ところで1990年といえば
ちょうどフリッパーズ・ギターのデビュー直後でもある。

当時の僕は,「お洒落系」の代表格とも言える
フリッパーズやピチカート・ファイブを聴く一方で,
じゃがたらのような,「お洒落」とは全く逆方向を
向くような音楽も,何の違和感もなく聴いていた。

今思うと,当時は予備知識が少なかったから,
何かのきっかけさえあれば,どんな音楽でも
「聴いてみたい」と思ったし,
そしてどんな音楽に対しても,熱心に耳を傾けた。

その「柔軟性」を,
今でも持ち続けているか,と問われたら・・・・
あまり自信がない。

でもあの頃の自分が音楽に対して抱いていた気持ちは,
これからもずっと失わないように,
心掛けていきたい。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-28 01:11 | sounds

Bop city for vintage age

9月23日
今日は渋谷・公園通りクラシックスにて
僕が企画の定例イベント「BOP CITY」vol.16でした。

今回は「ミツムジカ」「Gypsy vagabonz」が出演。
まさにヴィンテージ・エイジ大集合。
そんな,素晴らしい夜でした。

ところで,クラシックスの入口にこんなものが・・・

c0077105_2332194.gif

「ミツムジカ」のベーシスト・まきじ氏の
「リヤカー付き自転車」。
これぞまさにヴィンテージ!ですね。
これにウッドベースを積んで
渋谷の街を走ってきたそうです。
凄すぎる・・・。

バンド編成の「ミツムジカ」は初めて観ましたが,
様々なルーツミュージックの要素を
あちこちに垣間見ることができて,
つい「ニヤリ」としてしまいました。


そしてこちらはリハーサル中の「Gypsy Vagabonz」

c0077105_2344957.gif

今日も最高に楽しいライブでした。
そして相変わらず秀子さんの
ステージアクション,
素晴らしいの一言に尽きます。

そして僕ですが,
今回,僭越ながらトリを務めさせていただきました。
曲目は・・・・

<2006年9月23日 公園通りクラシックス>
1>バールに灯ともる頃
2>心の鍵
3>九回ウラニ死満塁
4>Wo wo ni ni
5>ハニーチャイは恋の味
6>二人お茶でも
7>冷たいスープ
8>会いたい人に,会いに行く
9>Manteca
10>ごめんなさいと言って
11>帰り道は楽し

矢舟テツロー(Vo&P)
鈴木克人(Ba)
柿澤龍介(Dr)


いい雰囲気でライブができて,
最後はいつもより高くジャンプしたような気も・・・。

出演してくれたみなさん,
そして遊びに来てくれたみなさん,どうもありがとうございました。
そしてクラシックスの後藤さん,お疲れ様でした。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-24 02:22 | sounds

living in Bop City

僕にとっての「音楽の喜び」とは・・・・
大ざっぱに分けて,二つあるように思う。

一つは音楽を演奏したり聴いたり,という
「音楽そのもの」の喜び。

そしてもう一つが,
音楽を通して多くの人と出会い,
同じ感動を共有できる喜びだ。

さて,僕が定期的に企画している
ライブ・イベント「BOP CITY」。
しつこいですが次回は9月23日(土)にやります。

ところでそのタイトル「BOP CITY」は
僕の大好きなミュージシャン,
ベン・シドラン(Ben Sidran)の1983年作の
アルバム「BOP CITY」からとったものだ。

c0077105_0432177.gif

このアルバムは,ベン・シドランの
数多くのアルバムの中でも,最も好きで,
また最もよく聴いたアルバム。

アコースティックな編成でありながら
古い曲をファンキーなアレンジにしたり,
ジャズの可能性を深く追求している,そんな作品だ。

実は以前,ベン・シドランに
僕のアルバムを聴いてもらおうと思い,
本人とメールでやりとりをした時,
手紙の「前置き」として
「僕はあなたのアルバムの中でも「BOP CITY」が
特に好きです。」と書いたら,
そのことに関して,とても丁寧に返事をくれた。

「君は私のアルバムの中で「Bop City」が好きだと言っていたが,
あのアルバムの成功には,私自身も満足しているよ。
あのアルバムはもちろん私自身がアレンジした訳だが,
レコーディングの成功の「秘密」を3つ挙げると・・・,
(1)世界でも最高のミュージシャンを起用したこと。
(2)完全なライブ・レコーディングにして,
   熱いパフォーマンスを録音したこと。
(3)時代を越えたジャズの名曲を
アルバムの(選曲の)核にしたこと。」

と,こんなにも丁寧にいろいろと教えてくれて,
僕は大変感激した。

以前にも書いたが,
成功している人,活躍している人ほど,
マメであったり,また気配りができたりするものだ。

もう何度,敬意を表したのか覚えていないけど,
もう一度,ベン・シドラン氏に,ここで敬意を表したい。

さて,僕が初めて観たベン・シドランの来日公演は
2002年9月15日,モーションブルー横浜でのソロライブ。
この日のライブに大変感動し,
また多くの影響を受けたことは以前にも書いた。

ところで,つい最近知り合ったある人が
この日のライブを「それ,僕も観ましたよ」という。
で,「あの時,あの場所にいたんですね・・・」と
当然ながらその話で盛り上がった。

こうやって音楽を媒介にしながら
いろんな人と繋がっていけるのは
本当に幸せなことだ,と思うのです。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-21 01:01 | sounds

reggae magic

初めて買った60年代ジャマイカの
オリジナル・スカのレコードは
「SKA AU GO GO」だった,と
かなり前に書いたが,
その中に1曲,オルガン・インストゥルメンタルの
ナンバーが収録されていた。

その曲はバート・バカラック「Wives and lovers」の
カヴァーであったが,
オルガン特有の音の「揺れ」が
「グアァァーン」いう感じで,
今までに聴いた事のないような音だった。
録音状態や,盤面の状態が悪いのも
その「揺れ」にさらに拍車をかけていたと思う。

そして気がつけば,
そんなチープで怪し気な
オルガン・サウンドの虜になっていた。

そのオルガンを弾いているのはどうやら
ジャッキー・ミットゥー(Jackie Mittoo)であるらしい,
ということが後からわかった。

ジャッキー・ミットゥーは
あの「スカタライツ(The Skatalites)」の
オリジナル・メンバーとして
そのキャリアをスタートさせた。
彼は1948年生まれで,
スカタライツが結成されたのは1963年,
つまり当時まだ15歳の若さであった。
もちろんスカタライツの中でも最年少だ。

スカタライツでは主にピアノを弾いていたが,
1965年にスカタライツが解散というか分裂してしまうと,
その後の彼はオルガンをメインに使った
インストゥルメンタルのアルバムを多数発表する。
(ちなみにインストゥルメンタルとは,
歌の入っていない楽器だけの演奏のことです。)

c0077105_262365.gif

ジャマイカン・ミュージックがちょうど
スカからレゲエへと移ってゆく時期に,
オルガン(特にハモンド・オルガン)のサウンドは
ジャッキー・ミットゥーのトレードマークになっていった。

そして僕はジャッキー・ミットゥーが奏でる
オルガン・サウンドの中毒になってしまい,
彼のレコードをお店で見つけたら,
必ず買うようにしていた。

ところでジャッキーは
「IN LONDON」「EVENING TIME」など初期の作品ではおそらく
「FARFISA」社のコンボ・オルガンを使っているようだ。

アルバム「KEEP ON DANCING」の
ジャケットにも写っている、
白鍵がグレーで黒鍵が白の、
チープなルックスのイタリア製オルガン。
サウンドも、何ともチープな味わいがある。

そしてアルバム「MACKA FAT」あたりから
おなじみハモンド社のオルガンを使うようになり、
ソウル・ミュージックの影響が顕著に現れるようになる。

それ以降の彼がずっと使い続けるハモンドオルガン。
やはりジャッキーといえばハモンド。
その温かく太いサウンドは、本当に素晴らしい。

そんなジャッキー・ミットゥーは
相当な酒飲みであったらしく,
1990年には42歳の若さで,この世を去ってしまった。
スカタライツの中では最年少でありながら,
他のメンバーより先に逝ってしまうなんて・・・。

さて,普段はピアノを弾いている僕ですが
そんなわけでオルガン・サウンドには
特別な思い入れがある。

僕のファーストアルバム「ダウンビート」の最後に
「ワールドカップ」という曲の
オルガン・インストゥルメンタル・バージョンを収録した。

「ワールドカップ」という曲は
僕のオリジナルだがリズムはレゲエ。
そのオルガン・インスト版というのはもちろん,
ジャッキー・ミットゥーに捧げるつもりで収録した曲だ。

音色もプレイも,かなりジャッキーを意識したつもりなので,
興味のある方はぜひ聴いてみて下さい。

ジャッキー・ミットゥーの早すぎた死を惜しむと共に,
偉大なキーボード奏者に改めて敬意を表したい。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-15 02:02 | sounds

rock to jazz? jazz to rock?

前回「jazz or rock?」について書いたが、
僕は何も最初からジャズ派だったわけではなくて、
むしろ以前はロック派だった。

例えばローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)の
1971年の名盤「スティッキー・フィンガーズ(Sticky Fingers)」。

アンディ・ウォホール作のジッパー付ジャケットが
あまりにも有名だが、そのジッパー付ジャケに敬意を表して、
CDではなくアナログ盤を西新宿まで買いに行くような、
そんなマジメな音楽リスナーだった。

c0077105_0425653.gif

「Sticky Fingers」 The Rolling Stones
ジーンズの写真のジッパー部分に、本物のジッパーが付いている。
そしてジッパーを開けると、下には白いブリーフの写真が・・・。

さて、ストーンズといえばロック界の「生きた伝説」だが、
ドラマーのチャーリー・ワッツ(Charlie Watts)は、
そういえばもともとはジャズ・ドラマーだった。
ミックやキースに誘われてストーンズに加入した頃は
ロックなんて大嫌いだった、という説もある。

ストーンズの写真を見ていると、
他のメンバーは皮パンにド派手なシャツなどを着ているのに、
チャーリー・ワッツだけ一人、
スーツにハットで決めている、
そんな写真がけっこうあって面白い。

ストーンズの内部にも
「ジャズスタイル」と「ロックスタイル」が共存していた・・・。

ちなみに僕の大好きなジャズマン、ベン・シドランの
ファーストアルバムにも、チャーリー・ワッツはゲスト参加している。
そしてベン・シドランも
ストーンズの「ベガーズ・バンケット」のセッションに参加したらしい。

後々になって、多くの人が
ジャズとロックの間に「壁」を作ってしまったが、
そんな「壁」なんて、本来必要ないのだろう。
「ブルース」という、
ジャズとロックにとっての「共通の言語」があるわけだから・・。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-12 01:01 | sounds

introducing Gypsy Vagabondz

先日、下北沢を歩いていたら
駅前の路上で、素晴らしい演奏に出会った。

演奏していたのは「ジプシー・バガボンズ(Gypsy Vagabonz)」。
その名の通り、ジプシー・ジャズを演奏する4人組。
まさにヴィンテージ・サウンド・・・・。

僕はアメリカの古いジャズに関しては
まあそれなりに聴いてきたつもりだけど、
ジプシー系のジャズは、そういえば今まで
全くと言っていいほど、聴いてこなかった。
かろうじて、映画「僕のスウィング」は観たけど・・・・。

そんなわけでジプシー・ミュージックを追究する
彼らの存在は新鮮で、また意表を突かれたような感じでもあった。
そして、その演奏力の高さにも惹かれた。

そんなジプシー・バガボンズのライブが
池袋で行われるというので、観に行って来ました。

会場は「BLUE DRAG」という小さめのバー。
池袋にこんなお店があることすら知らなかったけど、
程よく騒がしい店内が、とてもいい雰囲気。

そしてジプシー・バガボンズのライブが
このバーの雰囲気にピッタリで、素晴らしかった。

音楽を愛し、演奏を楽しみ、決してユーモアを忘れない、
そんな楽しいライブだった。

c0077105_142136.gif


それにしてもバンドのフロントウーマンである、
秀子さんの存在感が、素晴らしい。

そのファッションを見ただけで、
彼女が自分の世界観をきちんと持っている、
ということがはっきりわかる。
帽子、手袋、靴、そしてマイクまで、気合十分。

そしてヴォーカルだけでなくフルートや、
時にはギターまでこなし、
何をやってもいちいちキマッてるし、絵になる。


さて、そんなジプシー・バガボンズに、
さっそく僕のライブイベント「BOP CITY」出演の
オファーを出したところ、快く引き受けてくれた。

9月23日、今から楽しみです。


<矢舟テツロープレゼンツ「BOP CITY」vol.16>

9月23日(土・祝)
Open19:00 Start19:30〜
¥2200(1ドリンク付)

渋谷「公園通りクラシックス
03(3464)2701
渋谷区宇田川町19-5山手教会B1
(公園通り沿い「GAP」の隣)

出演:
矢舟テツロー」「ミツムジカ」「Gypsy Vagabonz
[PR]
by boppuccino | 2006-09-10 23:23 | sounds

love,love,love, bananachips love

時代は変わる。

先日,20代前半の女子に
「オリラブ知ってる?」と聞いたら、

「はぁー?オリラブ?? 
それってもしかしてオリラジのことですか?」と笑われた・・・・。

さて、
今や深夜放送のドラマなんて特に珍しくないが、
かつてはドラマが深夜に放送されることなど、
まずあり得なかった。

僕が知る限り、
初めての本格的な「深夜ドラマ」は、
たしか1991年にフジテレビ系で放送された、
「バナナチップスラブ(Bananachips Love)」だったはず。

c0077105_1385646.gif

そのドラマの監督は、
今や「ハイパーメディア・クリエイター」として、
普段何をやっているのかよくわからないけど
メディアにはやたらと登場する、高城剛氏。

出演は、おそらくこれがドラマ初主演、
当時「メンズノンノ・ガールフレンド」で
モデルとして活躍していた,あの松雪泰子。

相手役には、これまた当時人気モデルだった,ボビー大倉。
他に映画監督スパイク・リーの弟、サンキ・リーなども出演。

音楽はあの藤原ヒロシ氏が担当。
そしてテレビドラマでは異例であろう、
全編ニューヨーク・ロケ。

今考えても、相当トンガッたセレクション。
よくこんな番組が実現したものだ・・・・。

敬意を表したい。

そしてもう一つ、忘れてはいけないのが
番組のオープニング・テーマ曲。

それは・・・・
我らが田島貴男氏率いる
「オリジナル・ラブ(Original love)」の
「月の裏で会いましょう」。

オリジナル・ラブを「オリラブ」と略すファンと
「ジナラブ」と略すファン、当時は両方存在したと思われるが、
ここでは「オリラブ」で統一したい。

「月の裏で・・・」はオリラブの
セカンドアルバム「結晶」に収録されている、
初期オリラブの代表曲のひとつ。

やはりオリラブはセカンドの「結晶」から
7枚目の「イレブン・グラフィティ」あたりが、
最も素晴らしいと、僕は思う。
また僕の周りでも、だいたい同じ意見が聞かれる。

さて、そんな「バナナチップス・ラブ」は30分番組で、
全12回放送されたが、
少し後になってから
その全12回を朝まで一挙放送するという、
スペシャル番組がオンエアされた。

この特番を録画しそこねて,
未だに後悔しているファンも数多いと聞くが,
もちろん僕は永久保存版として保管してある。

で,そこではドラマ以外に、
出演者によるトークも放映されたのだが、もう一つ、
オリラブの当時の貴重なライブ映像もオンエアされた。
曲はもちろん「月の裏で・・・」。

c0077105_1411395.gif

それにしても田島貴男氏、
今とは別人のようなスリムさ・・・。

とにかくこのライブ映像が、カッコイイ・・・・。
いや、キーボードの木原氏がミスを連発しているんだけど、
それもライブならではの「味」か・・・。

まさに「渋谷系前夜」のワクワク感、ポップ感が詰まった
「バナナチップス・ラブ」に敬意を表したい。

そして再評価&リバイバルを、希望します。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-09 01:11 | sounds

Jazz funk will not be televised

僕がジャズという音楽に興味を持ち始めた頃、
世の中は「ジャズファンクブーム」の真っ只中であった。

1990年代に起こったジャズファンク・ムーブメント、
その発端はロンドンのクラブ・シーンにおいて
DJであるジャイルス・ピーターソンらが火を点けたムーブメントが
日本にも「輸入」されたものだと思う。

しかし日本でも「U.F.O(United Future Organization)」など
多くのジャズ系DJが活躍し、
また「クールスプーン(Cool Spoon)」や
「ワックワック・リズムバンド(Wack wack rhythm band)」といった
ジャズ・ファンクバンドも登場して、
ムーブメントはかなり盛り上がった。

「オリジナル・ラブ」の田島貴男氏も
当時は「ジャズ、ジャズ」と言っていたような気がする。

当時、田島貴男氏はテレビ東京の
深夜の音楽番組「モグラネグラ」で司会をやっていた。

そこでは毎週のようにU.F.Oの松浦氏や、
創刊されたばかりの「バァフアウト」編集長・山崎二郎氏などが出演し、
また伝説のドラマー、
バーナード・パーディーのスタジオライブが放映されたり、
(もちろん録画&永久保存してあります)
とにかく今考えても、凄い番組だった・・・・。

いい時代だったな・・・。

この時代、ジャズの「主導権」は
ジャズ喫茶からクラブへ、
ジャズ評論家からDJへ、
オーディオマニアからオリーブ少女へ(?)、
移っていった。

そしてこの時代の特徴的な出来事として、
それまでは「ジャズ喫茶」系では
全く評価されていなかったような
オルガンジャズやラテンジャズなどの古いレコードが、
「ジャズグルーヴ」として高く評価され、
また次々と再発された。


c0077105_0561711.gif

ジャズに初めて接したのが、そんな時代だった・・・・
これは僕にとっては、本当にラッキーだったと思う。

僕が好きなジャズマン、
モーズ・アリスン(Vo&p)やカル・ジェイダー(vib)、
チャールズ・アーランド(Org)やルー・ドナルドソン(a.sax)
そして「ジャズ詩人」ギル・スコット・ヘロン・・・・
もし「ジャズ・ファンク・ムーブメント」がなかったら
彼らの音楽に触れることが出来たかどうか・・・。

改めて、「ジャズファンク・ムーブメント」に敬意を表し、
また感謝したい。

さて、そんなジャズ・ファンク・ムーブメントも
「ブーム」は去り、終わってしまったかのようにも見える。

だが、しかし・・・・
少なくとも僕は、その後もずっと、
モーズ・アリスンを聴き続けているし、
あの時代に感じた「カッコ良さ」は、
今でも全然、色褪せていない。

時代は変わっても、「本物」は残る・・・・
僕にとっての「ジャズファンク」とは、そういう音楽だ。
[PR]
by boppuccino | 2006-09-03 01:01 | sounds

Miles and Duke

1950年代から活躍を続けたジャズ・ピアニスト
デューク・ジョーダン(Duke Jordan)氏が
2006年8月8日に、84歳で亡くなったという。

デューク・ジョーダンと言えば、
かつてはあの、ビ・バップの神様、
チャーリー・パーカー(a.sax)のバンドの
レギュラーピアニストであった。

仕方のないことではあるが、
また一人、ジャズの歴史に残る
「ジャズ・ジャイアンツ」がこの世を去ってしまった。

正直言って,
僕はデューク・ジョーダンの熱心なファンではなかった。
それは何故かというと・・・・・
ある一冊の本のせいである。

「マイルス・デイビス自叙伝」(宝島社文庫)

マイルス・デイビスと言えば、彼もまた
チャーリー・パーカーに並ぶジャズの「神様」の一人であるが、
そんな彼の自叙伝を読むと、
デューク・ジョーダンはこれでもか、とばかりに
ボロクソにけなされている。

若き日のマイルスは、
パーカーのバンドに在籍していた。
そこでデューク・ジョーダンと共演していたのだ。

当時の様子が、自叙伝にはこんな風に書かれている。

「デューク・ジョーダンのピアノだけは好きになれなかった。」
「とにかくたいした演奏も出来ないデューク・ジョーダンが・・・」
「デューク・ジョーダンには、早く理解してくれることを祈りながら
毎日コードを教えたが、いつまでたってもダメだった。」
「アホのデューク・ジョーダンが無駄に居座っていたんだ。」

全て自叙伝からそのまま引用した文章だ。

マイルスはデューク・ジョーダンをクビにしたかったけど、
リーダーであるパーカーがデュークを気に入って、
ずっと使い続けたらしい。

若き日のデューク・ジョーダンはそこまで下手だったのか、
それともただ、マイルスの趣味に合わなかっただけなのか?
そのあたりは謎のままであり、
そういうミステリーがまた、とても興味深い。

とにかく、
デューク・ジョーダンの演奏を聴く以前に
マイルスの文章を読んでしまった僕は、
完全に「聴かず嫌い」になってしまい、
結局その後も彼の作品を、熱心に聴くことはなかった。

「マイルスにけなされた男」
デューク・ジョーダンのソロピアノ・アルバムを聴きながら、
不名誉なピアノマンの死を、偲びたい。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-26 01:01 | sounds