カテゴリ:sounds( 562 )

Miles and Duke

1950年代から活躍を続けたジャズ・ピアニスト
デューク・ジョーダン(Duke Jordan)氏が
2006年8月8日に、84歳で亡くなったという。

デューク・ジョーダンと言えば、
かつてはあの、ビ・バップの神様、
チャーリー・パーカー(a.sax)のバンドの
レギュラーピアニストであった。

仕方のないことではあるが、
また一人、ジャズの歴史に残る
「ジャズ・ジャイアンツ」がこの世を去ってしまった。

正直言って,
僕はデューク・ジョーダンの熱心なファンではなかった。
それは何故かというと・・・・・
ある一冊の本のせいである。

「マイルス・デイビス自叙伝」(宝島社文庫)

マイルス・デイビスと言えば、彼もまた
チャーリー・パーカーに並ぶジャズの「神様」の一人であるが、
そんな彼の自叙伝を読むと、
デューク・ジョーダンはこれでもか、とばかりに
ボロクソにけなされている。

若き日のマイルスは、
パーカーのバンドに在籍していた。
そこでデューク・ジョーダンと共演していたのだ。

当時の様子が、自叙伝にはこんな風に書かれている。

「デューク・ジョーダンのピアノだけは好きになれなかった。」
「とにかくたいした演奏も出来ないデューク・ジョーダンが・・・」
「デューク・ジョーダンには、早く理解してくれることを祈りながら
毎日コードを教えたが、いつまでたってもダメだった。」
「アホのデューク・ジョーダンが無駄に居座っていたんだ。」

全て自叙伝からそのまま引用した文章だ。

マイルスはデューク・ジョーダンをクビにしたかったけど、
リーダーであるパーカーがデュークを気に入って、
ずっと使い続けたらしい。

若き日のデューク・ジョーダンはそこまで下手だったのか、
それともただ、マイルスの趣味に合わなかっただけなのか?
そのあたりは謎のままであり、
そういうミステリーがまた、とても興味深い。

とにかく、
デューク・ジョーダンの演奏を聴く以前に
マイルスの文章を読んでしまった僕は、
完全に「聴かず嫌い」になってしまい、
結局その後も彼の作品を、熱心に聴くことはなかった。

「マイルスにけなされた男」
デューク・ジョーダンのソロピアノ・アルバムを聴きながら、
不名誉なピアノマンの死を、偲びたい。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-26 01:01 | sounds

small combo live

8月20日(日)

今日は渋谷・公園通りクラシックスにて,
アルバム「small combo」発売記念ライブでした。

遊びに来て下さったみなさん,どうもありがとうございました。

トリオでのライブは久しぶり。
やはり楽しかったです。

そして久しぶりのワンマンライブ。
長丁場でしたが,終わった後の疲労感が,心地よいですね。

今回初披露の新ネタ
「山崎まさよしのモノマネ」はいかかでしたでしょうか・・・?


<TETSURO YAFUNE small combo live>
1.バールに灯ともる頃
2.Try to forget
3.心の鍵
4.九回ウラニ死満塁
5.会いたい人に,会いにゆく
6.Manteca
7.ハニーチャイは恋の味
8.L-O-V-E
9.二人お茶でも
10.Over the rainbow
〜Tie a yellow ribbon round a old ore tree
〜I could write a book
11.Look here
12.Honky tonk pasta blues
13.On the sunny side of the street
14.濃いコーヒーを
15.Wo wo ni ni
16.冷たいスープ
17.屋台村
18.ごめんなさいと言って
19.帰り道は楽し

矢舟テツロー(vocal&piano)
鈴木克人(acoustic bass)
柿澤龍介(drums)

ライブの衣装です。
さすがに秋冬物は,まだちょっと暑かったですね・・・。
c0077105_3194270.gif




そしてライブ後はなぜかクラシックス・後藤さんと
二人で打ち上げ,という,かなりレアな展開・・・。


c0077105_2355856.gif

暗くてわかりにくいですが,クラシックス・後藤氏。
オリジナルラブ・田島貴男氏ではありませんよ。

ちなみに僕がクラシックスに出演させてもらうようになって,
もう5年近く経ちます。
ここで改めて,クラシックスと後藤さんに敬意を表したいと思います。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-21 02:22 | sounds

SSSS

8月12日(土)
渋谷・公園通りクラシックスにて、
僕が企画&ブッキングに少し関わったライブイベント
「Sweet Small Sunny Sounds」が行われました。
天気が悪くてあやうく「Stormy Sounds」になるところでしたが、
なんとか夜までには雨も上がって、良かったですね。

出演してくれたのは
「犬塚彩子」「青野りえ」「キッチン」の3組。
僕も犬塚さんのステージに少しだけ出演。
犬塚さんとはかなり久々の共演でした。

c0077105_2273810.gif

「キッチン」リハーサル中の一枚。

ライブは終始フレンドリーな雰囲気で、
また出演者のみなさんもライブの後で
かなり仲良くなったみたいで、
僕としても企画した甲斐がありました。

出演者のみなさん、
そして会場に遊びに来てくれたみなさん、
どうもありがとうございました。
そしてクラシックスの後藤さん、いつもありがとうございます。
また来週もよろしく。

・・・・・・と、日記風の記述はこれぐらいにして
最後に、一枚の写真を紹介。

c0077105_229178.gif

クラシックスの音響担当、太郎さんの足元に
見慣れないニューバランスが・・・。

もう10年近く前に、それなりの値段で買った、という一足。
使い込まれて、とてもいい雰囲気が出てます。
今では全く見かけないタイプのニューバランスに、
敬意を表したいです。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-13 02:22 | sounds

eternal voice, Blossom Dearie

「永遠の少女」
そんな風に呼ばれたら、
女の人は、やはり嬉しいのでしょうか?

ジャズピアニストであり、ピアノ弾き語りのシンガーである
ブロッサム・ディアリー(Blossom Dearie)は
しばしば「永遠の少女」と形容される。
(ちなみに僕が考えたキャッチコピーは
「ジャズ界のオリーブ少女」なのですが、どう?)

そんなブロッサム・ディアリーの名前を知ったのも、
たしか小西康陽氏の文章からだったと思う。

初めて買ったアルバムは1958年の作品
「Once upon a summer time」だった。

c0077105_0583667.gif

ジャケットに写るブロッサムのカワイさにも惹かれたが、
その一曲目、「二人でお茶を(Tea for two)」の
「静寂さ」に、完全に引き込まれた。

「元祖ウィスパーヴォイス」と呼ばれる、
ささやくような歌い方、
そして音数が少なく、あまりにもソフトなタッチのピアノ、
そんな彼女の音楽を、「B級」扱いする人も多い。

しかし聴けば聴くほど、
彼女の音楽には無駄がなく、「B級」どころか
高い精神性やストイックさ、そういったものを感じる。

彼女はその後の作品でもずっと、
その高い精神性を保ち続けた。

多くの大御所ジャズシンガーが
商業化、マンネリ化していく中、
彼女だけはいつの時代もずっと
「凛」としたたたずまいを保ち続けた。

ただキュートなだけじゃない。
一本筋が通っているからこそ、
「永遠の少女」なのであろう・・・。

さて、ブロッサム・ディアリーは今でも現役で、
ニューヨークのクラブなどで
ライブ活動を続けているらしい。
1926年生まれと言われているから、
今年(2006年)で80歳ということになる。

少し前だが、
2002年には彼女のニューアルバムが、
日本でも国内盤で発売された。

そのアルバムを手にして、驚いたことが二つある。

一つは彼女の歌声が
以前と全く変わっていなかったこと。
最初に聴いた時は、
これが本当に80歳近い人の歌声なのか・・・と、
ちょっと信じられなかった。
少女のままの歌声だったのだ。

そしてもう一つは、そのジャケット。
「今」の彼女の写真が、アップで写っていた。

c0077105_10336.gif

彼女ぐらいの年齢の女性ミュージシャンが、
ここまで堂々とアップで写っているジャケットって
あまり見かけない。
しかも前髪揃ってる・・・。乙女。

その潔さ、やはり一本筋が通っている。

おばあちゃんになっても、
凛としたたたたずまいは、全然変わっていない。

年齢を重ねることの美しさ、素晴らしさ、
そういったものを、このジャケットで示してくれた。

そんなブロッサム・ディアリーに
あらためて敬意を表したい。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-12 01:01 | sounds

text of hip music

かつてジャズを聴き始めた頃は
「ジャズヴォーカル」が苦手で、
インストゥルメンタル(楽器だけの演奏)ばかり聴いていた。

一応勉強のつもりで
「大御所」のジャズシンガーの歌も聴いてみたが、
その圧倒的な歌唱力は、
良く言えば「包容力」があるんだろうけど、
悪く言えば「ベタッと」していて、苦手だった。

何だか演歌歌手みたいだな・・・と思った。

が、やがて、
少し違ったタイプのジャズシンガーも
存在することを知った。

エディー・ジェファーソン、キング・プレジャー、
ジョン・ヘンドリックス、アニー・ロス、
ブロッサム・ディアリー、モーズ・アリスン、
そしてジョージィ・フェイム・・・・

彼らは、例えばバラードを熱唱するようなタイプではなく、
もっと楽器に近いような歌い方をしていた。

それは「ヒップ」であり、さりげなく、
そして時にファンキーでもあった。
そして誰もが皆、
どこかユーモラスな雰囲気を持っていた。
「好きで音楽をやってるんだな・・」というのが
その演奏から、はっきりと伝わってきた。

日本において、
彼らは決して正当に評価されていると言えず、
ジャズ・ジャーナリスト達もあまり取り上げない。

ちなみに僕は、彼らの名前のほとんどを
元ピチカート・ファイブ・小西康陽氏の文章で知った。



c0077105_135988.gif


そんな小西さんのコラムをまとめた単行本「これは恋ではない」。
何度も何度も繰り返し読んだ、
僕にとっては教科書のような一冊。

改めてここで敬意を表したいです。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-11 23:59 | sounds

school of reggae music

今でこそ、ジャズピアニストを気取っている私ですが、
大学生の時は、なぜかレゲエバンドばかりやっていた。

大学に入ったばかりの頃、
僕は60年代ジャマイカのオリジナル・スカがとにかく好きで、
そういう音楽を好みそうな人が
集まるであろう音楽サークルを探し、
「中南米研究会」というところに入った。

が、実際そこには僕が期待したような、
シブい帽子を被って開襟シャツを着ているような
お洒落ピープルはいなくて、
ボブ・マーリィ好きなレゲエ・ピープルが
数人いただけの集団だった。

そんなわけで学生時代、最初の頃はボブ・マーリィの
カヴァーバンドばかりやっていた。

しばらく後、サークルの先輩のギタリストが、
凄いレゲエバンドに入った、という話を聞いて、見に行った。

そのバンドは、
かつての伝説のパンク・バンド「ガスタンク」の
メンバーがやっているレゲエ・バンドで、
ヴォーカルは黒人だった。
(といってもジャマイカ人ではなく、ガーナ人だったが・・。)

そんなバンドでギターを弾いている先輩を見て、
おお、すごいなぁ、とただその時は感心した。

しばらく経ってその先輩に
「キーボードがいないから、やらない?」と言われた。

二つ返事で「やります。もちろん。」と答えた。
とにかくその時の僕にとっては、ビッグチャンス到来だった。

そのバンドではとにかくいろんな場所でライブをやった。
六本木あたりが多かったが、
千葉、水戸、調布・・・といろんな場所へ行った。

ちなみに六本木など都心のお店は
お客さんの全然いない店が多く、
地方のお店に行くと、
だいたい超満員、大盛況だったのが、印象深かった。

当時の僕はライブ経験も浅かったし、
今思うとなかなか貴重な経験をさせてもらったと思う。

ところで僕以外のメンバーは
ライブの時はだいたい赤・黄・緑の
ラスタカラーの服や帽子を着用していたのに、
僕はといえば・・・・
アメリカの大学のロゴがプリントされたTシャツに
チノパン、足元はニューバランスというような
相変わらずのアメカジスタイルだった。

今思うと、浮いてたな、と思う。
もう少し気を利かせた服装を
しておけば良かったのに・・・・。
[PR]
by boppuccino | 2006-08-06 01:01 | sounds

Cool wise men

クールワイズメン(Cool wise men)のライブを
初めて観て来た。

クールワイズメンはオーセンティック・スカを演奏する
7人編成の日本人バンド。
その活動歴はもう10年以上になるという。

実はクールワイズメンのトランペット担当であり
フロントマン的存在である「ミツカゼ」こと
浜田光風は、僕の中学時代の同級生だ。

c0077105_1141479.gif


僕は中学生の頃はサッカーをやっていて、
楽器に触れるようになるのはもっと後のことだが、
光風氏は中学時代からすでにいろんな楽器を演奏していて、
将来はミュージシャンになるだろうと
誰もが思っていた。

僕は彼が楽器を演奏するのを見て
いつもうらやましく思っていたが、
その時は自分もやってみようとは、何故か思わなかった。

それから数年経ち、
僕も楽器を演奏するようになりしばらく経ったころ、
光風氏とどこかで再会して、
何度か一緒にバンドをやったりセッションしたりした。
どれもそんなに長くは続かなかったけど、
僕としてはとても嬉しい経験であった。

その後また随分と会っていなくて、
今日はたぶん10年ぶりぐらいの再会だった。

そして初めて観たクールワイズメンのライブ、
素晴らしかったです。

スカからレゲエ、そしてカリプソまで幅広く取り入れ
自分たちのスタイルを作り上げていた。
まさにヴィンテージ・エイジ・ミュージック・・・・
いや、そんな理屈抜きで、
久々に、時間の経つのを忘れるような楽しいライブだった。
そして久々に、踊っちゃいました・・・。

光風君とはまたいつの日か共演できたらな・・・と思う。

COOL WISE MEN WEB
[PR]
by boppuccino | 2006-07-30 23:23 | sounds

Big Ben

よく「人生を変えた一曲」というような記事を見かけるけど、
僕の場合、特にそういうものは存在しないように思う。

好きな曲、好きなアルバム、好きなミュージシャンは
たくさん存在するけど、多すぎて、
またジャンルもバラバラすぎて、
どれが一番、とは決められない。

以前に書いたスカタライツの音楽には
かなり影響を受けたけど、
今は実際にスカを演奏しているわけではないし・・。

そんな僕にも、
ここ数年で最も影響を受けたライブがある。
2002年の9月に横浜・「Motion Blue」で観た
ベン・シドラン(Ben Sidran)のソロライブ。

実はベン・シドランって
名前は何となく知っていたけれど、
「クレモンティーヌのプロデューサー」という肩書が
どうもひっかかって、ずっと「聴かず嫌い」のままでいた。

だが2001年頃から彼の旧作が
次々と再発されたのでようやく聴いてみた。

そして彼の1983年の作品「BOP CITY」を聴いて、
僕の中でベン・シドランが「特別な存在」になった。
本当に「BOP CITY」は繰り返し聴いた、大好きなアルバム。

そんな折にタイミング良く、彼が来日するという。
もちろん観に行った。

この時彼は、たしか名古屋と福岡のブルーノートに
自身のトリオで各一週間ずつ出演し、
その後、横浜のモーション・ブルー(ブルーノートの系列店)で
一日だけのソロライブを行った。

東京のブルーノートには出演せず、
横浜でのライブも一日だけ、それも一人での出演、というのは
どういうことかというと、
残念ながら彼にはブルーノート東京に
単独出演できるほどの知名度がない、
そして横浜でのライブがソロでの出演になったのは
ギャラ的な問題(1人分のギャラしか出なかった)
ということだと思う。

そんな事を考えると少し寂しい気もした。
開演前には、
せっかくなんだからアルバムで聴いたような、
バンドでのグルーヴィーな演奏が聴きたかったな・・・、
などと考えていた。

が、しかし、
ソロライブ、これが素晴らしかった・・・。

たった一人でステージに上がったベン、
軽く会釈をしてからピアノに座って弾いた曲は
「Over the rainbow」だった。

そこから先は、もう何曲演奏したのか覚えていない。
ブギウギ・ピアノだったり、ブルース・ピアノだったり、
ビバップだったり、弾き語りだったり、
とにかく次から次へと、あっという間に時間は過ぎた。

僕が驚いたのはそのピアノ・テクニックで、
具体的には左手のストライド奏法やベースラインが
とにかくパワフルで驚いた。

当時の僕はといえば、
まだ左手はコードを押さえるのが精いっぱいだったので、
これぐらいできないとダメなのか・・・と気が遠くなった。

そしてベン・シドランは白人なのだが、
白人の彼がブギウギやストライド、ブルースといった
黒人のルーツ音楽を完全に自分のものにしている、
という現実を目の当たりにして、
アメリカのミュージシャンの「懐の深さ」を感じた。

このライブ以降、
僕は「あの時のベン・シドランのようなプレイ」を
ずっと頭に描き続け、演奏した。
そしてライブではいつも「Over the rainbow」を
演奏するようになった。

3年後に出したファーストアルバム「ダウンビート」に
「Over the rainbow」が収録されているのには、
そんな理由がある。

そして幸運にもこのアルバムは
ベン・シドラン本人に聴いてもらうことが出来、
僕としても感慨深かった。

もちろん今でもまだまだ、
「あの時のベン・シドランのプレイ」を追いかけている。

Ben Sidran Web Site
[PR]
by boppuccino | 2006-07-25 01:01 | sounds

Your song is vintage

c0077105_1584784.gif

7月5日に発売された、YOUR SONG IS GOODの
ニューアルバム「FEVER」をようやく入手。
2枚目にしてメジャーデビュー盤。

ジャケットがどことなく
60年代のジャマイカ盤っぽくてイイですね。
そして相変わらず、
ツボを押さえたオルガン・サウンドが、気持ちイイです。
絶対ジャッキー・ミットゥー好きなんだろうな。
そんなヴィンテージ・エイジな音楽。

が、しかし・・・・、
正直なところを言うと、
個人的には前作の方が好き。

いや、新作が悪いわけではなくて、
前作が良すぎた、といったところでしょうか。
それぐらい、前作「YOUR SONG IS GOOD」は
大好きで、繰り返し聴いた。

でももちろん新作も、
これから聴き込んでいこうと思います。
[PR]
by boppuccino | 2006-07-20 01:11 | sounds

The Unique

c0077105_211542.gif

好きなジャズピアニストは沢山いるけど、
「age of vintage」的なピアニストといえば、
何と言ってもセロニアス・モンク(Thelonious Monk)かな、と思う。

ジャズを聴いてみたい、と
思うようになったのは大学生になった頃で、
それは単に「ジャズってかっこいい」と思ったから、
いや、正直に言えば「ジャズが好きな自分、ってかっこいいかも」
と思ったからだ。

しかし最初はジャズを聴いても全く理解できなかった。
何が理解できないかというと、
まず、どの曲も全部同じに聴こえた。
そしてどのミュージシャンの演奏も全部同じに聴こえた。
もちろんアドリブ(ソロ)の良し悪しなんてまるでわからない。

そんな僕でも一人だけ、
「聴き分けることのできる」ピアニストがいた。
それが、セロニアス・モンクだった。

彼はいつも変な和音を鳴らしていて、
ピアノの音はやけにごつごつしていて、
そしていつも妙な「間(ま)」があった。
上手いのか下手なのかよくわからない、そんな演奏だった。
ユーモアがあり、ユニークである。
当時の僕にはそれがとても新鮮で
「こんなピアニストもいるのか・・・」と思った。
自分が聴きたいジャズはこれなのかな、と思った。

そんなわけでジャズを聴き始めたころはしばらく、
モンクだけを聴いていた。
レコードのジャケットに写ったモンクは
たいてい帽子をかぶっていたのだが、
その帽子もまた変なものが多くて
昔の日本の学生帽みたいな帽子をかぶっている写真もあった。

そのうちに彼がユニークなピアニストであるだけでなく、
偉大な作曲家であることも知った。

彼の曲には美しい曲が多い。
何故こんなに美しい曲を書けるのだろうか、と
彼の曲を聴くたびに思う。

でも、そんな美しい曲を書いた時も、
モンクはきっと変な帽子をかぶっていたに違いない。
[PR]
by boppuccino | 2006-07-18 01:01 | sounds