1 Q Q 1 volume.1

1991年、東京・渋谷。

「渋カジ」から「キレカジ」、
そして「デルカジ」へと続く、
空前のアメリカン・カジュアル・ムーヴメント。

そのブームの中心となったブランドといえば、

オックスフォードBDシャツやチノパン、
そして何と言っても「紺ブレ」が
爆発的にヒットした「ポロ・ラルフローレン」、
裕福層の高校生に大人気だった高級バッグブランド
「ハンティング・ワールド」、
ウエスタンブーツの「トニーラマ」、
エンジニアブーツ、ペコスブーツ等の「チぺワ」、
3アイレットモカシンの「ティンバーランド」、
当時、世界中のヴィンテージデニムが東京に集まっている、
とまで言われた「リーバイス」・・・・・

多くの人がまず、
このあたりの有名ブランドを挙げるであろう。

が、上に挙げたようなブランドの服や靴やバッグは
高価なものが多く、
当時の若きお洒落ピープルのすべてが
こういったアイテムを身につけていたかというと、
そういう訳ではなかった。

ではアメカジは
一部の裕福層のファッションであったかというと
もちろんそのような訳でもなかった。

当時はまだ
リーズナブルな「made in U.S.A」の服が
当り前のように手に入る時代だったから。

そして当時のブームを支えた、
多くの良質なアメカジショップでは
有名一流ブランドよりむしろ、
まだ日本では紹介されていない、
小さなブランドの良質なアイテムを
競うように展開していた。

アメカジ・ブランドの「層の厚さ」は
現在の比ではなかったのだ。

が、90年代後半になると
多くのアメカジ・ブランドがその製造を
本国アメリカからアジアや中南米に移転、
やがてアメカジは「冬の時代」を迎える・・・。

そんな時代の流れとともに、
90年代初頭のアメカジ・ブームの
「影の立役者」であった良質なブランドの多くも、
いつの間にか姿を消してしまい、
今やそのブランドネームすら、
忘れ去られようとしている。



さて、次回はそんな
「忘れられたアメカジブランド」の記憶を
少しずつ、辿ってみようと思う。
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by boppuccino | 2009-07-21 23:59 | products
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